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  • 2020.3.15
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書評 会計の世界史

簿記は15世紀のイタリアで誕生した。簿記は、銀行が融資や回収、為替手形の発行や決済といった取引記録を付けてその記録を他の支店にも共有するために、そして、記録を残すことによってともに働く人たちや取引相手とのトラブルを防ぐために生まれた。

減価償却は、イギリスの鉄道会社で誕生した。減価償却が生まれたことにより、巨額の固定資産投資をしても利益を出し、株主へ配当することができるようになった。

アメリカに大陸横断鉄道が登場してしばらくすると、鉄道会社各社の合併が始まった。それにともない連結決算が行われるようになった。

簿記の誕生(15世紀イタリア)
為替手形でキャッシュレス取引を実現

いまから500年ほど前、イタリア商人はさかんに東方貿易を行っていた。東方貿易は、香辛料・ワイン・茶・陶器・織物を中国やインドからイタリアへ持ってきて、それらをヨーロッパ各地へ運ぶというものだった。

イタリア商人は東方貿易によって大いに儲けたが、海路の道のりは危険だった。海賊に襲われる危険があったからだ。当然ながら、行動範囲が広がれば広がるほど、扱う金額が大きくなればなるほどその危険は大きくなった。

そのリスクを軽減するためにバンコ(銀行)が提供したのが、「為替手形」取引である。為替手形の登場によって、商人たちはキャッシュレスで取引できるようになった。

商人は、商品の仕入れ、販売、為替手形の受け渡しの記録をつける必要があった。同様にバンコも、融資や回収、為替手形の発行や決済といった取引記録を付け、その記録を他の支店にも共有しなければならない。こうした背景から、中世イタリアで簿記の技術が誕生した。このころ、ヨーロッパ経済の中心はイタリアにあったのだ。

帳簿による支店管理
当時、トップ・バンコの座についていたのがメディチ銀行である。メディチ銀行は、ロンドン、ブリュージュ、リヨン、バルセロナ、ジュネーブなどヨーロッパ各地に拠点を持っており、顧客からするとそのネットワークの広さが魅力であった。商人たちはメディチ銀行のネットワークを利用して、ヨーロッパ各地でキャッシュレス取引を行っていた。

メディチ銀行にとっては、ネットワークを拡大すればするほど、支店を管理する必要が生じる。この時代に電話やインターネットはない。メディチ銀行が遠隔地の支店を管理するために取った方法は、本部を権限に集中させることをやめ、各支店に分権化させることだった。支店の支配人に経営権限の大部分を委譲し、フィレンツェ本部は支店経営や与信管理にはほとんどかかわらないしくみを取っていた。フィレンツェ本部は、支店新設の判断などといった大きな問題に専念していたという。

支店の支配人は大きな経営権限を持っていたが、その活動の詳細を帳簿へ記入することが義務づけられ、帳簿を手に定期的にフィレンツェ本部を訪ねていた。帳簿があったからこそ、フィレンツェ本部は各拠点に経営を任せることができたのだろう。

簿記でトラブルを防止

ヴェネツィアの船乗りたちはプロジェクトごとに人と資金を集めていた。プロジェクトが終わると儲けを現金化し、メンバーも解散するというしくみだ。しかしこれだと1度の航海ごとにゼロからやり直さなければならず、無駄が生じてしまう。

彼らはやがて、単発ではなく継続的に商売するスタイルを取るようになる。そして「家族・親族中心」だったプロジェクトに「仲間」が加わり、商売のパートナーシップが他人へと開かれていった。

仲間と商売するようになると、新たな問題が生じるようになった。家族・親族とともにビジネスを展開していたときにはいなかった「裏切り者」が現れることだ。

商人たちは裏切りを防ぐため、約束を口頭ではなく文書の形で残すようになる。ここで必要になるのが公証人だ。公証人は商売の約束を記録として残し、お墨付きを与える職業である。やがて手間とお金を節約するために商人たちが自ら記録を付けるようになり、それが「簿記」へとつながっていった。

帳簿を付けるメリットは2つある。1つ目に、帳簿が証拠になることだ。トラブルが発生した際、日々の帳簿を証拠として裁判所に提出することができる。

2つめに、「儲け」を明らかにできることだ。取引を記録しておき、年に1回決算を行うことで儲けが明らかになる。これを出資比率に基づいて分配すれば仲間割れを防げるというわけだ。

つまり簿記のメリットは、記録を残すことによって対外的、対内的なトラブルを減らすことができるという点にある。

財務会計の歴史(19世紀イギリス)
株主からの資金調達
イギリスにおける蒸気機関車の発明は、世の中を変える画期的な発明だった。しかし蒸気機関車には問題もあった。莫大な初期投資が必要になるということだ。土地の買収交渉や各種工事、トンネルや陸橋などの大がかりな工事、車両代、土地、レール、枕木、車両、駅舎、各種設備など、鉄道を走らせるためには、さまざまな固定資産をすべて揃えなければならない。つまり鉄道会社は、あらかじめ必要な固定資産を洗い出し、事業計画を作成して莫大な資金を調達しなければならなかった。

鉄道会社は、棚卸資産としての在庫がほとんど存在しない、固定資産を長期的に利用することで利益を出すビジネスだ。収入は日々の運賃のみで、しかも当時の鉄道会社はオープン後間もないため、その収入が十分に得られる保証もなかった。そんなビジネスだから、借入金に頼りすぎるのは危険な賭けとなる。実際、鉄道会社には、借入可能額について政府から厳しい制限が付けられることとなった。それは借入に頼りすぎず、株主によって資金を調達しなさいというものだった。

鉄道会社の経営者は、鉄道なら運河よりも効率よく石炭を運べることや、石炭だけでなく人や荷物も運べることを訴求して株主を募った。その結果、リバプール・マンチェスター鉄道では、リバプールとマンチェスターの地元有力者たちからの出資が集まった。それは、鉄道が走ることによる、地元への経済効果を考えてのことだった。だがやがて鉄道会社への出資は儲かると評判になっていき、地域にかかわらず、単純に株で利益を得たい人が株主になっていった。

減価償却ルールの誕生

株主が増えるなか、鉄道会社は儲けを増やし、株主に配当を出して彼らの期待に応えなければならない。しかし鉄道会社にとって、毎年着実に儲けを計上し、株主に配当することは容易なことではなかった。

なぜなら、開業間もないころは設備投資がかさみ、儲けを出すことが難しいからだ。土地の取得やトンネルや切り通しの工事、レール、枕木、駅舎などの準備、そして機関車と客車の製造にも莫大な費用がかかる。この支出を家計簿的に処理すると、投資した期は赤字になるいっぽうで、投資がない期は黒字になってしまう。こうなると、黒字期に株主になった人と赤字期に株主になった人との間で不公平が生じる。もっと儲けを平準化し、株主に安定的に配当を出す術はないものか――そう考えた鉄道会社は、新しいルールを生み出した。そのルールとは、固定資産を支出ベースで計上するのではなく、数期に分けて費用計上するというものであった。

このルールが今で言う「減価償却」だ。鉄道会社をオープンさせる際にかかった巨額の支出は、全額を「支出した期」に負担させるのではなく、数年にわたって費用として負担させ、費用を平準化する。そうすれば巨額の固定資産投資をしても利益が出て、株主への配当が生まれるというわけだ。

実は、減価償却に似た手続きはそれまでも行われていた。だが、これを正式に採用したのは鉄道会社が初めてだった。

管理会計の誕生(19世紀アメリカ)
鉄道会社の合併と連結決算
南北戦争が終わって4年経った1869年5月、アメリカ国民が待ちに待った大陸横断鉄道が開通した。大陸横断鉄道が完成してしばらくすると、東西南北、アメリカ全土に続々と鉄道が完成し、これらの鉄道がつながりはじめた。レールに標準サイズが設けられていたため、それぞれをつなげることができたのだ。やがて線路をつなげるにとどまらず、経営が傾いた会社が別の会社に買収されるという形で合併する会社もあらわれた。

鉄道会社がつながったことにより、決算書もつながるようになった。連結決算のはじまりである。連結決算は19世紀末、アメリカの鉄道会社ではじまったのだ。

管理会計のはじまり


鉄道会社は、開通するまでも開通した後も、さまざまな管理が必要となる。開通前には立地調査や資金の調達、建設工事。開通後にも、運行ダイヤの作成、安全の確保、駅間の通信など、難易度の高い仕事をすべてクリアしなければならない。しかもアメリカの国土は広く、その難易度はヨーロッパとは比べものにならないほど高い。

そうした複雑な管理を行うために設定されたのが「管区」だ。路線をいくつかのエリアに分け、エリアごとに責任者を任命して管理するというしくみだ。このしくみのメリットは、管区ごとに収益性を明らかにすることができることと、管区長の仕事と責任を明確にすることができるというものだ。これが成功し、19世紀後半にはアメリカ中に鉄道網が完成した。

鉄道の路線が一気に拡大したことで、アメリカのさまざまな地域に、同時に同じような都市ができあがった。アメリカ全土に同じような人が住み、同じような生活を営んでいるという図式が完成したのだ。ヨーロッパとは異なり、そこには階級も存在しない。そんな人たちをターゲットとする製造業は、同じような製品を大量に生産するようになった。そうした背景もあり、原価計算の改革を経て、20世紀に入ると管理会計という新ジャンルが誕生したのだった。

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